今月のこの人。中西悠子さん(元小学校PTA会長、アテネオリンピック銅メダリスト)

今月のこの人。中西悠子さん(元小学校PTA会長、アテネオリンピック銅メダリスト)

「泳ぐことの楽しさを子どもたちに」

中西悠子さん(なかにし ゆうこ) 元小学校PTA会長、アテネオリンピック銅メダリスト

◆シドニー・アテネ・北京オリンピックに出場

「島本町に元オリンピック選手が住んでいる!」との噂を聞いたのは10年以上前だろうか。その記憶は頭の片隅にはあったものの、ふだん意識することはなかった。ある日のこと、ママチャリを滑走する女性とすれ違った。顔に見覚えがあった。「あ、水泳の人か!オリンピックのテレビでよく見た人だ!」。さっそく調べてみると、シドニー・アテネ・北京オリンピックに出場した中西悠子さん、その人だった。

 それにしてもなぜ島本町に住んでいるのだろう。実は親が隣の高槻市に住んでいたこともあって、結婚を機に島本町に引っ越してきたという。「育ったのは池田市の阪急沿線だったので、親の近くで阪急沿線に住みたかったんです。島本町は、ほどよく田舎でのどかなところに惹かれました」。

 ここで中西さんの経歴を簡単にまとめておきたい。19歳で初出場したシドニーオリンピック(2000)では、200メートルバタフライで自己ベストを出して7位に入賞する。世界水泳選手権(2003)とアテネオリンピック(2004)、世界水泳選手権(2005)で銅メダルを獲得。日本短水路選手権(2008)では200メートルバタフライで短水路世界新記録を達成、日本選手権では100メートル、200メートルで日本新記録を出して優勝し、北京オリンピックでは5位入賞という輝かしい経歴の持ち主である。

◆「オリンピックがんばってね!」

 母親が水泳好きで、兄もスイミングスクールに通っていたこともあり、0歳からベビースイミングで水泳を始めた。そのベビースイミング時代のある日のこと、母がコーチからいきなり「オリンピックがんばってね!」と声をかけられたという。バタ足を勝手にしていたり、母が後ろに下がると、バタ足で追いかける姿を見て、その素質を見抜いたのだ。コーチの言葉に母は素直に喜んだ。後年、それが実現するとは夢にも思わなかったろう。

 小学校高学年になると頭角を現し、6年生の時に初めて100メートルバタフライで全国2位となる。しかし、同じ学年にダントツに速い子がいたため、中学生時代もずっと2番だった。高校生の時に思い切って200メートルに変えたところ、初めて1位に輝いた。「この時に、はじめてやった!と思いましたね」。高校卒業後、シドニーオリンピックで自己ベストをたたき出し7位に入賞するが、ここに誰にも知られていないおもしろいエピソードがある。

 「決勝の時なんですけど、やっぱり緊張してたんでしょう。レース直前のストレッチの際、必要以上に足を伸ばしてたんです。ほんとうはご法度なんですけど。すると『プチッ』と音がして激痛が走ったんです。『あ、肉離れだ』とすぐ分かりました。もちろん、レースではアドレナリンが出ているので、痛みも感じず十分に実力を出し切ったんですが、クールダウンしてプールから上がると、激痛で『あれ、歩けない』ってなったんです(笑)」。

◆水難事故を防ぐ

その後の中西さんの活躍ぶりは上述のとおりだが、島本町に引っ越してからは、枚方でスイミングのコーチをしながら、ひっそりと生きていこうと思っていた。しかしそうは問屋が卸さない。ご近所さんにばれ、子どもの通う保育所でもばれてしまう。子どもが小学校に上がると、人前で緊張はしないだろうと周囲から推され、PTA会長にもなった。現在でもPTA連絡協議会の役員や、枚方市の教育委員を務めている。

自身がオリンピック選手だったこともあり、子どもたちの指導にも競技としての水泳を教えたい、という気持ちが強いと思いきや、そうではなかった。「水の事故を減らしたいんです。溺れてしまうだけでなく、助けに行く人も事故に遭うパターンもあります。自然というものは恐い。私の好きな水の中での事故は、とても悲しい。それを防ぐためにも子どもに指導したいんです」。中西さんもアメリカ旅行の際、サーフィン中に大波をかぶって溺れかけたことがある。「私でも溺れてしまうのか」と強い恐怖を感じたという。

「水の中で泳ぐことだけがすべてじゃない。そもそも水の中で体を動かすのは陸よりもちろん難しい。水の中でまず自分が思っているように体を動かしてみる。例えば浮いてみたり、沈んでみたりしてみる。次に浮きながらあるいは沈みながら回ってみる。そうやって、水の中で自分が思っているように体を動かせることが大事です。そのためにも、水中運動会みたいなイベントをして、泳ぐことを楽しいと思ってほしい。楽しめたらそれが泳力につながると思っているんです」。

中西さんは子どもだけでなく、小学校の先生方にも指導している。先生方に泳ぐことの楽しさを教え、そこから子どもたちに教えてほしいという願いがある。かつてのオリンピックスイマーは、スイミングコーチだけでなく水難事故を防ぐ啓発活動やPTA活動など、社会という海原に泳ぎ出しているのである。

【取材・文・撮影】   SMALL編集部