壮絶な生い立ちを乗り越え、地域貢献に情熱を注ぐ
叶 修二さん(かのう しゅうじ) JOYBOX代表、株式会社ゼロプラス代表取締役
◆家計を支えた少年時代から修業の日々へ
叶修二さんは、高知県中村市(現・四万十市)で生まれ、日本の最後の清流と言われる四万十川の源流近くで育った。小学校1年生になる前に理美容を営む両親が離婚し、父親の元に残ることを自ら選んだ。その父が他人の借金の保証人になり、経済的に困窮したため、「よし、俺が働こう!」と、小学4年生の時に自ら新聞配達の仕事を始め、家計を支えた。
中学1年生の頃には新聞配達のエリアマネージャー的な役割を任され、朝刊・夕刊配達、折り込み、拡張、集金までを担当することになる。中学1年生で人に給料を払い、集金できない場合は立て替える経験から、実体験としてキャッシュフロー(現金の出入りの流れ)の重要性を学んだ。
多感な時期に遊べなかったこともあり両親を憎むこともあったが、それでも「親は親」、将来は両親が一番喜ぶであろう理美容業界に入ることを決意する。地元の高校を卒業後、理美容師になるために大阪に出てきた。
高校卒業まで続いた新聞配達で貯めた200万円は、大阪に出る際に父親の再婚資金として全て渡したという。しかし、父親は再婚・離婚し、その子ども(義弟)を引き取り、叶さんが大阪から毎月2~3万円の仕送りをすることになった。大阪の美容室で見習い(アシスタント)として働き始めたが、給料は手取り10万円以下と非常に低かった。父親への仕送りの額を増やすため寝る間も惜しんで修業した結果、通常5~6年かかるところを1年半でスタイリストデビューを果たした。
そのアシスタント時代、興味深いエピソードがある。四畳半の部屋に4人での寮生活だったのだが、他の寮生には実家から仕送りが届くが、自分にはもちろん届かない。それを見下されるのが嫌で、なけなしのお金で高知のお土産を買い、自分で自分宛に父親の名前で送っていた。
◆大事故の苦難を越えて掴んだ日本一
スタイリストとして順風満帆に進むと思いきや、悲劇に襲われる。用事で島根県に向かう途中、高速道路上で10トントレーラーに追突される交通事故に遭い、意識不明の重体となる。顔面に80針、口の中に200針を縫い、頭蓋骨陥没、脳挫傷などの重傷を負い、2年間入院した。事故の後遺症でてんかんの診断を受けたが、理美容師のライセンス剥奪を避けるため「てんかんではない」と言い張り続けた。補償金200万円を全て練習用のウィッグ購入に充て、自信を取り戻すために練習に励んだ。そのてんかんも、主治医も驚くほどに治まった。
顔に傷もでき、事故後は対人恐怖症になったが、お客様の励ましで再びカットができることを確信することになる。コンテストに挑戦し、惨敗を続けた後、ある瞬間から結果が出始め、カットで日本チャンピオンに3年連続で輝き、国際選手権では3位に入賞した。
師匠の店の経営が失敗し給料がもらえなくなっても、恩義を感じて働き続けた。その後、独立を決意し、平成13年11月に島本町に「JOYBOX」をオープンした。出店場所として島本町を選んだ理由は、自身の故郷である四万十川のように水が綺麗な場所を求めた結果、「名水百選」に選ばれていることに魅力を感じたから。人間の体の6割は水であり、水は非常に重要だと考えている。
コンサルタントもすすめなかったこの立地でのオープン初日は不安だった。しかしそれは杞憂に終わる。蓋を開けてみると300人もの行列ができていたのだ。国際選手権3位だったが、噂が広まり「世界チャンピオンの店」として多くのお客様が訪れていた。客が殺到しすぎたため、チラシの配布は1カ月で中止したほどである。
◆まちへの感謝をカタチにする地域貢献
島本町で商売を営むなかで、島本町をより好きになり、感謝の念が芽生えた。現在は、その感謝を形にするため、令和7年11月、「中華蕎麦三藤」を開店させた。島本町は飲食店が少なく、特に学生たちが利用できる場所がないという息子の指摘や、顧客からの声がきっかけとなった。
利益追求だけではなく、島本町の人々の雇用創出も目的である。そのためラーメン店でも若手を起用している。若い世代に仕事を通じて大切なことを伝え、将来輝く人材を育むことが地域への重要な関わり方だと考えているからである。また年金に頼らず働きたいと願う高齢者を雇用することも地域貢献の一つと考え、現在、83歳の方が朝6時半からJOYBOXの掃除を担当している。叶さん自身も児童の見守り登校ボランティアを9年間続けているほか、PTA会長や保育園・高校の保護者役員など、個人レベルでさまざまな地域貢献活動を行なってきた。
連日朝9時から夜中の1時2時まで働くような大変な状況でも、地域貢献という気持ちがなければ続けられない。何かを始めようとすると必ず課題が生じるが、それを見て見ぬふりをしては継続できない。「課題を悩みと捉えるのではなく、神様が『考えなさい』と与えてくれた課題だと思っています」。そのため、苦労したと思ったことは一度もないという。
このポジティブな考え方は、自身の「叶」という名字から来ている。名字の「叶」は「口にプラス」と書き、夢や希望といったポジティブな言葉と結びつく。逆に「吐く」は「口にプラスとマイナス」で愚痴や不満に繋がる。このことからプラスのことを言うように心がけている。平成20年に設立した法人の社名は「ゼロプラス」。これは奥さんが考えたもので、「口からプラス」という考え方と、「ゼロからプラスへ」という意味が込められている。夢や希望が叶う会社にしたいという想いがある。
「『最幸の出会いに感謝』という言葉を大切にしているんです。『最幸』は最も幸せと書き、出会った人と向き合い続け、感謝を伝えていくことが人生で一番大事なことだ思っています」
壮絶な生い立ちを乗り越え、理美容業界で成功を収めた叶さんは、事故や経済的困難といった数々の逆境を「課題」と捉えるポジティブな思考で克服してきた。その経験を糧に、美容師という仕事を通じて人々を幸せにすること、そして島本町への地域貢献活動や次世代の人材育成に情熱を注ぎながら、叶さんは今日も歩み続けている。


