〜今月のこの人〜
船越 哲也さん
◆縁に恵まれ独立へ
早朝5時37分発の電車に揺られ、今日も大津から水無瀬へ向かう。島本町では数少ないケーキ屋の1つ「イル・リーヴル」店主船越哲也さんである。
親族が料理関係の仕事をしていたこともあり、元々お菓子作りに興味があり、製菓の道を歩むこととなった。地元である岡山県の製菓学校を卒業後、製菓会社に入社。その後、ロイヤルパインズホテル(旧守口プリンスホテル)で勤めることになる。その時にシェフパティシエをしていた長岡さん(現デリチュースシェフパティシエ)との出会いが、「イル・リーヴル」が誕生したきっかけであった。
独立を考えた船越さんは、お世話になった長岡さんの元へ足を運んだ。意を決して伝えると、長岡さんから「辞めた後はどうするん?」と聞かれ、「辞めてから考えます」と答えた。それを聞いた長岡さんは、「今は景気が悪いからやめとき」と反対した。しかし船越さんは諦めなかった。「それやったら、全力で手助けするわ」と、教え子の想いを応援しようという気持ちに変わった。
そのころ、島本町にある不動産会社の社長が、地域に恩返しをしたいと考えていた。どのようなことをしたら町内の人たちが喜んでくれるかと、奥さんと話をしているときに話題に上がったのが、新たなケーキ屋さんの出店であった。そんな時に、たまたま以前からの知り合いだった長岡さんと話す機会があり、独立を考えていた船越さんを紹介された。こうして平成22年(2010)12月、船越さんが水無瀬で「イル・リーヴル」をオープンすることになる。長岡さんは「君は昔から縁に恵まれてる」と、船越さんに話したという。
◆旬の素材を大事に
「イル・リーヴル」という店名は、フランス語で“島”のことを「イル」、“本”のことを「リーヴル」と言い、そこから名付けられた。お店のロゴは「島本」という漢字を崩した形となっている。島本愛が感じられうれしくなる。
店の外装は、明るくて気軽に入りやすいように、また外からでも店の雰囲気が分かるように、とガラス張りにした。肝心のケーキは、当初チョコ系のケーキを多く扱っており、そこからさまざまな種類のケーキを生み出していった。「いちばん大事にしていることは、季節感を大事にして、その時期に合った旬の素材を使うことですね」。見た目や味でイベントの雰囲気や季節感を味わうことができるのも、ケーキの良さの一つといえよう。ケーキだけではない、昨年開催されたウイスキーフェスティバルでは、ウイスキーに合うスティック菓子やウイスキーを使ったパウンドケーキを考案、好評を博した。
船越さんの縁はまだ続く。先の社長の紹介で平成28年に隣町の高槻市にオープンした「ローカーボキッチン然(ぜん)」のオーナーとつながり、低糖質ケーキを開発することになる。このケーキには、パラグアイをはじめとする南アメリカ原産のキク科ステビア属の多年草から抽出される「ステビア」という天然甘味料を使用している。砂糖の300倍の甘味があり、ゼロカロリー甘味料として日本国内のみでなく、世界中で砂糖に代わる素材として注目されている。ローカーボキッチンの「糖質の知識」と船越さんの「パティシエの技術」が掛け合わされたことによってできた商品である。
また、島本町の「離宮の水」ブランド認証商品の一つである「水無瀬離宮車厘(みなせりきゅうゼリー)」も夏季限定で販売している。「離宮の水」と、季節のものを意識して取り扱っている船越さんだからこその掛け合わせだ。そういったさまざまな工夫があり、多くのお客さんが足を運んでくれている。
◆地元に密着していきたい
一年間で、ケーキ屋が一番忙しくなる時期はクリスマス。事前予約の受け取りや当日の購入に多くの人がお店を訪れる。その日や前日は徹夜で準備するケーキ屋が多い。「徹夜をしたとしてもいいものを作ることができません。それをお客様に提供するわけにはいきません」。船越さんならではのこだわりである。
ここ最近の物価高騰は、ケーキ業界にも大きな影響を及ぼしていた。素材の値上がりはもちろんのこと、ケーキを入れる箱などの包材の値段が上がっている。それに伴い、以前は、1つ400円前後で売られていたケーキの値段が、今では500円を超える店も少なくはない。しかし、「イル・リーヴル」では、ほとんどのケーキが500円以内で提供されている。その理由は「確かに500円以内での提供はたいへんではあるが、それでもなるべく多くのお客さんに来ていただきたい」という。
「今後も、今までと変わらず地元に密着していきたいですね」と船越さんは語る。ケーキは、記念日や頑張った自分へのご褒美としても選ばれる。ケーキを食べるときは笑顔が生まれる瞬間でもある。
この取材の後も、船越さんは翌日来店するお客さんの笑顔のため、仕込みを始めるのだった。