今月のこの人。髙橋みほこさん (デザイナー&クリエイター)

今月のこの人。髙橋みほこさん (デザイナー&クリエイター)

みづまろくんのつなぐ縁

髙橋みほこさん(たかはし みほこ) デザイナー&クリエイター

◆「絵ってなんだろう?」

 平成29年、島本町に公式マスコットキャラクター「みづまろくん」が誕生した。みづまろくんのデザインを考え出したのが今回の主人公、髙橋みほこさんである。みづまろくんのようにやわらかな雰囲気そのものの女性だ。

 髙橋さんは島本生まれの島本育ち。幼いころから絵を描くことが好きで、大学では日本画を専攻していた。「祖父が画材屋をしていて、日本画の絵の具が店にたくさんあったんです」。店は1階が画材屋、2階はギャラリー、3階は絵画教室となっており、作品やデッサン用の石膏像などに自然と慣れ親しむ環境だった。大叔父が鳥観図を描く作家だったこともあり、幼いころに絵を描いていると祖母から、「こう描いたほうがいい」と指導が入った。

 高校に入ると先を見据えて、茨木市のアトリエに通うようになる。日本画を選んだのは、デッサンを見た先生から「君の線は日本画に向いている」とアドバイスを受けたことからだった。女流日本画家である秋野不矩(あきのふく)や上村松園(うえむらしょうえん)の作品にあこがれるが、最初は日本画特有の絵の具の使い方を覚えるだけで必死だった。水彩画や油彩画と違い、日本画は絵の具を作るところから作品作りが始まる。日本画用の鉱物などを粉にした岩絵の具や胡粉(白色顔料)は慣れないと思ったように紙にのらない。ようやくできあがった絵が割れてしまうこともある。課題として出される大量のスケッチをこなし、とにかく写実的に正確にと植物を観察しながら描いていた。

 そんな折、「あんた、これを見ておもしろいか?」と先生から声をかけられた。「おもしろいってどういうこと……?」と戸惑っていると、先生は「絵ってなんやろなぁ」と呟きながら去ったという。「絵ってなんだろう?」と悩む中で、髙橋さんがたどり着いたひとつの答えが「絵は誰かに見てもらって初めて成り立つもの」というものだった。

◆みづまろくんの誕生

 京都市美術館(現在の京セラ美術館)での卒業展示を終え大学を卒業したものの、ちょうど時代は就職氷河期であった。民間企業への就職は難しく、教職を目指すもののそちらも狭き門だった。島本町の学童保育指導員として約10年ほど勤めたが、心身の調子を崩し退職する。落ち込む時期が続くが、そんな中で高橋さんが作った作品を、母が手づくり市などのイベントで販売し、売れたことが少しずつ自信になっていった。

 平成25年頃にプラバンで作った手描きアクセサリーを中心としたブランド「Hanamone*」を立ち上げる。出品していたオンライン販売サイトの担当者が髙橋さんの作品を気に入り、その伝手で一年目に梅田の阪急百貨店などへ出店することもできた。鳥や虫、動物などさまざまなモチーフをアクセサリーにする。かわいいと評価されることの多いデザインだが、本人としては「写実的というか、自分では正統派のつもりなんですけどね」と笑った。

 少しずつ自信と日常を取り戻しつつあった平成29年、島本町の公式マスコットキャラクターのデザイン募集のチラシが家に届いた。しかし作家としてアクセサリーを作って販売することで手一杯だったため、チラシは家の中に放置されているままだった。しかし、ある日ふと自宅の使われていない神棚になにかが仁王立ちしているようなシルエットが見えた気がした。それをイラストに描いて色を塗り、締切間際に応募してみた。原案に対して町や主催者からいくつか修正の提案はあったものの、こうしてみづまろくんは誕生した。

◆みづまろくんのつなぐ縁

 それからというもの、高橋さんはその存在を広めるため精力的に活動を開始する。理由のひとつには「誰かに見てもらって初めて成り立つもの」という思いがあったのかもしれない。多くの追加イラストを描き、みづまろくんファンというアカウントでSNSも始めた。自ら出資して作ったぬいぐるみを持ち、町内のお店を紹介する記事を作成していった。

 そんななかで、辻表具店を訪問することになる。学生時代に日本画を専攻していた高橋さんと仕事で日本画の修復も手がけることがある辻さんとは話が合った。辻さんという協力者を得たことで、高橋さんの制作活動は広がっていく。今、高橋さんは表具師である辻さんと、辻さんを通じて知り合った建具師の方とともにmajikirie(まじきりえ)というブランドを立ち上げている。「まじきりえ」は、建具であるふすまなどの「間仕切り」と「切り絵」を組み合わせた造語である。

 高橋さんがデザインした図案を切り絵として作成、それに辻さんが和紙を貼りアクリル板に挟み込み仕上げ、建具師の方によってふすまや欄間といった建具として完成する。切り絵の線は日本画にも通じるところがある。光を通す和紙は、昼は外からの日光、夜は室内の灯りによって、さながらステンドグラスのようにやわらかく輝く。令和7年6月には町立歴史文化資料館で初めての展示会を開催した。

 「みづまろくんに動かされているような気がするんです」。髙橋さんは、みづまろくんのつないでくれた縁によって、今後ますます活躍のフィールドを広げていくことだろう。

取材・文・撮影 – SMALL編集部