世界が認めるブレンダー

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〜今月のこの人〜

輿水 精一さん(インタビュー形式)

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「仕事はブレンダー、趣味はウイスキー」と公言してはばからないサントリーの名誉チーフブレンダーの輿水精一さん。チーフブレンダーとして、ウイスキーの水準を高めた輿水さんは、平成27年(2015)、ウイスキー専門誌『ウイスキーマガジン』が認定する「Hall of Fame(ホール オブ フェイム)」を受賞し、日本人として初めて“ウイスキー殿堂入り”を果たすという快挙を成し遂げた。そんな輿水さんも実は島本の住人なのである。

とはいえ、さすがに世界的にも有名な輿水さんへの取材は、興味があると同時に緊張もした。しかし、実際の取材日には、山崎蒸留所の受付で我々取材班を待っておられ、ご本人自ら取材部屋へも誘導していただいた。おかげで緊張感が解け、和やかな雰囲気のまま取材することができた。 

Q.今はどういうお仕事をされているんですか?

今はもういわゆるブレンドとかはやっていません。セミナーなど外に出て行って講演とか物を書く仕事が多いです。そういう意味では「ウイスキーアンバサダー」と言えそうです。平均して週3回ぐらいです。大事なお客さんが来るとなると出社します。

コロナの影響で、家での仕事も少し増えました。講演やセミナーをWebでおこなったりします。ですが、画面に向かって喋っているだけなので何か物足りませんね。

Q.ブレンダーになるきっかけは?

最初から目指していたわけではないんです。41歳のとき、人事異動の際に突然言われたんです。ブレンダーの仕事は一般的には40歳を過ぎてからはやりません。一人前になるまでは、時間がかかりますからね。遅咲きのデビューでしたので先輩に追いつくために必死に頑張りました。

私の場合は、ボトリングの工場に始まり、樽の製造や熟成の研究、品質管理など、ウイスキーづくりに欠かせないすべての過程の業務をこなしていました。それらの経験が生きています。そういう意味では、ブレンダーの仕事は、ウイスキー作りすべてに関わっていないとできないと思います。

Q.ブレンダーという仕事の魅力は何でしょうか?

やはり自分の仕事がそのままお客さんに直結しているというところですね。手掛けたウイスキーがすごく売れたらうれしいですが、しんどいところでもあります。と言いますのも、大先輩が手掛けていたものを、自分が引き継ぎ、それが市場に出回り飲んだお客さんが評価をするので、その責任は大きいな、と思うんです。

Q.ブレンダーという仕事の難しさとかはありますか?

ウイスキーというものは樽の中に長く置いておくだけで、味や香りが良くなるってわけでもないんです。10年ぐらいで今が一番飲み頃だというものもあれば、30年たった時が最高の瞬間だったりもする。ピークに達する瞬間も樽によってみんな違います。それらを総合的に見極める必要がある。将来もっと良くなるのに10年で使ってしまうともったいないですし、逆に10年ぐらいがピークなのに20年置いてしまうのも残念な話です。

Q.科学的な分析というか、数値をもとにブレンドする方法はないんですか?

たしかにセンサーとかで測ることもできますが、数値上で違いがあったとしても実際にテイスティングをしてみると、さほど差を感じないこともある。最後はやっぱりブレンダーの仕事になります。モノを同じように作ることは、機械が取って代わることができます。創造的な仕事、いわゆる人間の五感に代わる部分は、AI(人工知能)にはできないと思いますね。

Q.ブレンダーの実際の仕事を教えてください。

実際にウイスキーを口に含んで吐き出したりはしますが、基本8割は鼻なんです。香りと口に含んだ時の印象が変わることはよくあります。

味覚や嗅覚を使う仕事ですので、風邪をひいてしまうと仕事になりません。そのため体調管理には気を使っています。特別に何かをやるっていうわけでもないとはいえ、規則正しい生活を心がけています。実はそんなにアルコールが強くないのです(笑)。深酒はしませんが、翌日にテイスティングの仕事があるときは、21時以降は飲まないようにしています。

我々の仕事は、バーテンダーの人とすごい密接な関係があると思っています。結局手掛けたウイスキーは、バーテンダーがお客さんに提供するので、実際のお客さんの反応は彼らが知ってるわけなんです。そのためプライベートでも、バーにいって、バーテンダーとお話することがあります。

Q.島本町は今後どのようになっていってほしいですか?

やっぱり関西は、「うまくて安い」という食の文化があり、それはそれでいいと思います。ですが、多少値が張っても、「ここはさすがだな」と思えるお店があってほしい。そういうお店があると町の価値が上がると思うんです。

長野県の松本市や栃木県の宇都宮市には、いいバーが集まっています。どこか、最初に1軒、こだわりというか、町全体引っ張ってるすごくいいバーがあるといいですね。そこで鍛えられたお客さんたちが、近くにお店を出していき、どんどん町のレベルが上がっていくのではないでしょうか。

Q.いまウイスキーが、世界中で投資の対象みたいになっていますが、どうお考えですか?

ウイスキーをそういう価値あるものとして評価してくれてるっていうのは、それはそれで作り手側としてはありがたく感じますが、正常ではないなとも思います。もっと気楽に多くの方に味わってもらいたいですね。

Q.今後の目標などありますか?

今はもうブレンドする立場ではないですが、ウイスキーの良さをもっと世界に発信していきたいと思っています。そのために、「韻」というサイトを作りました。そのサイトは、中国語と韓国語と英語で閲覧することができます。ですが、仕組みだけああっても、そこに外国人がたどり着いてくれないと意味がない。ここが意外と難しいんですよね、どうやって告知をするか、それが課題です。

あとは、アルコールに強くない人でもウイスキーを楽しめるように、アルコール度数が低いけれども、ウイスキーの香りを楽しむことができるものを作りたい。それができたら高齢になっても若い人たちとお酒を楽しめたり、病気で強いお酒が飲めない人でもウイスキーを味わうことができます。しかし、実際は資金の問題がある。こういうのはどうしてもお金がかかるんです。いま世界中がその開発を狙っていますが、小さなベンチャー企業ではなかなか続きませんね。

ウイスキーへの情熱はいささかも衰えない輿水さん。自身もまた歳を重ねるごとに深みを増し、余人をもって代えがたい伝道者となるだろう。

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取材・文・撮影 - SMALL編集部